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 京都新聞は、観光都市京都のパワーアップを目指して企画「観光・京都おもしろ宣言」をスタートさせました。人々の価値観はいま、物の豊かさから心の豊かさに移りつつあります。京のまちは伝統、歴史、自然環境と、どこを取っても格別な魅力をたたえてきました。京都新聞はそうした魅力に光を当て、京都を元気にする紙面を多彩に展開するとともに、フォーラムやイベントの開催、伝統文化体験の案内など、さまざまな「おもしろ」企画を発信していきます。

紅葉あらかると

嵐山は平安期から、ライトアップの東山

 京の人々は紅葉をいつごろから楽しんだのだろう。和歌に詳しい園田学園女子大の福嶋昭治教授(58)=国文学=に調べてもらうと、古今集など平安前期の歌集には竜田川など奈良の名所を詠んだ歌が多いが、拾遺集など平安中期の歌集になると京の地名が増えるという。

 999年には藤原道長が嵐山の紅葉をめでたという記録もある。少なくとも平安中期には京の紅葉の名所が公に認められた存在だったよう。興味深いのは小倉山や大堰川など嵐山を詠んだ歌が東山より圧倒的に多いこと。福嶋教授は「秋は西から来るという中国の古代思想があったうえ、東山は鳥辺野など死者を葬る所で、行楽に不向きだったのでは」と話す。

 平安時代の紅葉見物は嵐山が中心だったが、近ごろは東山一帯の人気が高い。交通の便が良いうえ、紅葉のライトアップが人気に拍車をかけた。1993年に平安建都千二百年記念の事前イベントとして清水寺と永観堂で開いたのが評判を呼び、今では東山を中心に十数カ所を数える。

 94年にライトアップを始めた東山区の高台寺は1カ月強の期間中に20万人が訪れる。照明に照らされた紅葉が鏡のような池に写る不変的な光景の一方、毎年テーマを変えて斬新な映像を映すコーナーも設ける。庭師の北山安夫さん(57)は「陰影や黒の濃淡など夜には夜の面白さがある。型破りなこともやって批判も受けるが、伝統と革新が共存する京都的な催しを試みている」と言う。

対談 京のモミジの楽しみ方

 京の紅葉の楽しみ方についてNPO法人(特定非営利活動法人)森林再生支援センター(北区)の村田源理事長(79)と府立植物園(左京区)の松谷茂園長(56)に対談してもらった。

村田理事長

 −そもそもモミジとは何か。

 松谷「モミジは、秋に植物の葉が赤色や黄色に色づく意味の動詞『もみづ』が変化した言葉で本来色づくあらゆる葉を指します。中でも見事に色づく木にカエデの仲間が多く、今では一般的にモミジといえば赤く染まるカエデを指しています」

 −では、京で多く見られるカエデの種類は?

 村田「京都では十数種類ほどのカエデが自生していますが、最も代表的なのがイロハカエデです。特に高雄に多く、別名タカオカエデと呼ぶほどです。葉はカエデ属で最も小さく、長さ、幅ともに約3−5センチほど。葉が小さいので京都のモミジは繊細に見えるのです」

 −山一面が赤く染まる東日本に比べ、京都の紅葉はスケールで見劣りするという声もある。

松谷園長

 村田「京都の紅葉の美しさは、北山杉など常緑樹の緑や社寺を背景に、小さく上品な葉がチラチラと配され、紅葉が引き立つ対照美にあります。確かに東日本は落葉樹が多く、山一面が紅葉になりますが、京都のような対照美や繊細さに欠けます。京の紅葉を描いた日本画は、たいてい葉が一枚ずつ細かく描かれています。そんな細やかな感覚を大切に見てほしい」

 松谷「外国の方は基本的に大きく派手な花を好まれます。でも、日本人は一輪挿しに象徴される楚々(そそ)とした草花が好き。京都の紅葉は、そんな日本人好み、わび・さびにもつながっているのでは」

 −紅葉が美しくなるポイントは。

 松谷「気温が下がると葉の根元に離層という組織ができ、光合成で作られた糖分が枝に移りにくくなって葉にたまる。その糖分が蓄積されやすい時ほど紅葉は美しくなる。すなわち昼は光合成ができ、夜は離層ができやすいよう寒暖の差がある方が紅葉が映える。あと適度な水分も必要です」

モミジ あらかると

 京都地方気象台(中京区)玄関前のイロハカエデ=写真=は、1975年から京都の標準木として「紅葉日」の観測に使われている。

 紅葉日は「葉の大部分が紅色系に変わり、緑色がほとんど認められなくなった最初の日」と定義し、これまでの平均紅葉日は12月1日。ただ、標準木は市街地にあるので、郊外の紅葉の見ごろは、これより1−2週間早くなる場合が多い。

 紅葉日は気温に左右され観測上最速だった76年(11月10日)の11月平均気温は10・3度で平年(11・9度)より低め。逆に最も遅れた82年(12月13日)は13・4度だった。

 温暖化の影響で紅葉が年々遅れているとの指摘もある。紅葉日の日付を計算すると、75−89年は平均11月30日だったが、90−2005年は平均12月2日で確かに遅くなっていた。

[京都新聞 2006年10月30日掲載]