(三の三)



 大原の里

 三千院は、延暦年間(782 〜806 )に天台宗を広めた最澄が比叡山の山上の梨の大木の下にお堂を構えたことに始まるといわれている。三千院という名前は、明治になってからのもので、古くはこの由緒によって梨本坊などと呼ばれていた。

 また大原の里に建つ寂光院は、推古2年(594 )、用明天皇の菩提を弔うために聖徳太子が創建したと伝えられる。この寺は平清盛の娘、後の建礼門院が身を隠した場所として知られ、『平家物語』の「大原御幸」の舞台となっている。  



 途中町から花折峠

 安曇(あど)川沿いの葛川渓谷の入り口に、若狭街道の難所の一つ、花折(はなおれ)峠がある。現在はトンネルで便利になったが、街道はさらに続き、若狭の国へと通じている。


▲若狭街道▲