(三の二)

 蹴上発電所

 明治23年、工部大学校(現在の東京大学)出身の若きエリート・田辺朔郎が開通させた琵琶湖疏水の付帯工事として建設された。琵琶湖疏水は開通当初、多目的な利用が図られたが、水力発電もその一つ。京都には日本で最初の市電が登場した(明治28年)が、これもこの電力のおかげ。  


 蹴上のインクライン

 琵琶湖疏水は、電力供給とともに、物資を大津から京都へ船で運搬する役目も担っていた。その障害となったのが、琵琶湖と京都の標高の高低差。それを解消するために、斜面を切りレールを敷いて、その上に荷物を積んだ船を載せて下までおろした。この方式がインクラインと呼ばれ、今も現地に昔のままの姿で復元されている。


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