(五の四)



 平安女学院

 さらに北へ歩いていくと、赤レンガの教会のような建物の平安女学院の中学、高校が見えてくる。明治8年(1875)、アメリカの伝道教師が大阪の川口居留地にセント・アグネス・スクールを開校したのが始まりで、明治27年(1894)に現在地に移転し、その翌年に平安女学院と改称した。この一帯には、同校の明治建築の校舎が建ち並び、進取の気風に富んだ京都らしい雰囲気をしのばせてくれる。  



 富岡鉄斎旧宅

 北へ北へと歩いていき、中立売通を越えると、左手に赤レンガの塀が見えてくる。京都市立上京中学校だが、その向かい側に建つのが富岡鉄斎の旧宅。富岡鉄斎は、明治から大正時代に活躍した文人画家で、三条室町の法衣商の次男として生まれた。奔放な筆遣いと特徴のある色彩による作品で知られている。鉄斎は、明治15年(1882)から大正13年(1926)に没するまで、実に永い年月をこの地で過ごした。  



 足利将軍室町第跡碑

 今出川通を渡ると、道端に一本の石柱が建っているのに気づく。ひっそりと建っているこの石碑が、室町時代という日本の歴史の一時代の名前にまでなった足利将軍の室町第、「花の御所」のあったところを示している。

 碑の表面には「従是東北 足利将軍室町第跡」と刻まれており、大正4年(1915)の建立になるもの。この花の御所は、室町幕府の三代将軍・足利義満が造営した邸宅で、その範囲を今の通り名で言うと、南が今出川通、北が上立売通、西が室町通、東が烏丸通に囲まれた土地だった。

 室町通はまだ北の方に続いており、また四条通の南にも伸びているが、今回はそのごく一部を紹介した。  


▲室町通▲