(五の三)



 菊水鉾

 またこの地は、室町時代末期の茶人・武野紹鴎の茶室だった大黒庵跡でもあり、庭内には京都の名水の一つ、菊水の井戸がある。この井戸が、祇園祭の山鉾・菊水鉾の名前の由来ともなっている。

 毎年7月の祇園祭には、ほかの鉾には見られない唐破風の屋根を付けた華麗な鉾の姿を見せてくれる。この鉾は、幕末の元治元年(1864)の蛤(はまぐり)御門の変による火災で焼けてしまい、以後再興されず、88年後の昭和27年(1952)にようやく蘇るという苦難の歴史を持っている。

 祇園祭といえば、このあたりが山鉾町のちょうど中心になる。特に四条通と室町通の交差点は「鉾の辻」と呼ばれている。というのも、この交差点に立てば、北が菊水鉾、南が鶏鉾、東が函谷(かんこ)鉾、西が月鉾というように、四方を鉾に囲まれた四つ辻にあたることから、そう呼び習わされた。



 三井両替店跡

 室町通と少し西の新町通が、山や鉾を出す町が最も多く、いかにこれらの通りの町人の経済力が大きかったかが、よく分かる。実際、室町通やその周辺には、江戸時代の大商人の繁栄の名残がそこここに見られる。

 その一つ、新町通には江戸時代、豪商・三井家の両替店が置かれていた。新町通六角を少し下がったところ、現在「さくら銀行」京都新町クラブの建物の一角に、碑が建っている。この付近一帯には広大な敷地の両替店があった。  


▼次を巡る▼