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| (八の一) |
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樫原・札の辻 今回は樫原の札の辻から出発する。札の辻という名前は、幕府の法令を書いた板の札、つまり高札が立てられていた四つ辻ということから呼ばれるようになった。このあたりの街道沿いには、格子窓に虫籠(むしこ)窓、屋根には煙出しが付けられた昔ながらの造りの民家が数多く残っており、街道の古い風景を今に伝えている。 |
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勤王家殉難之地碑 幕末の元治元年(1864)、京都の蛤(はまぐり)御門の戦いで破れた長州藩の武士たちが、この札の辻まで逃げてきて、警護の武士に斬殺されるという事件があった。札の辻の近くの道端には「勤王家殉難之地」と刻まれた新しい石柱が立てられており、かつての悲劇を思い起こさせる。 |