(六の一)



 高瀬川

 木屋町通に沿って南北に流れているのが高瀬川。この川は今から 380年ほど前、江戸時代のごく初めのころに、角倉了以(すみのくら・りょうい)が、東山方広寺大仏殿の再建に伴い資材を運ぶために開いた運河で、開通当初は伏見から五条通までだったのを、後に現在の二条通まで延長された。

 高瀬川は、二条通から鴨川の水を取り入れて流し、伏見から淀川、さらに大坂へと運搬ルートを確保した。荷物の運搬には、底の平たいタカセ船という船を使っていたので、川の名前も高瀬川と呼ばれるようになった。





 高瀬川一之船入

 荷物はこの高瀬船に乗せて綱を付け、川岸から何人かで引っ張って運んだ。このため、当時の高瀬川に架けられた橋は、下を人が通れるように少し高くなっていた。川沿いには、高瀬船をつないだり、渋滞を防ぐための船入りが何カ所か設けられた。

 その名残が二条通を少し南に下ると川から西側に広いスペースをとった「一之船入(いちのふないり)」に見られる。現在、俵をのせたかつての高瀬船が復元されて川に浮かんでおり、往時の面影をしのぶことができる。



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