(六の六)
お土居跡
さらに北に歩を進めると、左手に京都市立加茂川中学校が見えてくる。その校舎の北側に小高い土手が目に入る。これは、天正19年(1591)に豊臣秀吉が京都の都市改造の一環として、都の周囲に巡らしたお土居の跡。
京都には、今も何カ所かにお土居の跡が残っているが、これもその一つ。築造当時、お土居の上には竹が植えられ、またその外側には堀が掘られており、京都全体を城のような形にしようとしていたことがうかがえる。
上賀茂神社
御薗橋(みそのばし)を渡ると、上賀茂神社の広い境内に入っていく。上賀茂神社は先の下鴨神社と対をなすもの。記録によると、上賀茂神社の方が早く創建されたようで、7世紀ごろには、すでに文献に登場している。そして平安京が出来ると、桓武天皇の行幸が行われ、都を守る神として朝廷にあがめられた。国宝の本殿を始めとする多くの貴重な社殿が並んでおり、いやがうえにも神聖な気持ちに引き込まれる。
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加茂街道は、まだ北の方まで続いているが、その名の通り、下鴨と上賀茂という京都にとっては二つの重要な神社を結ぶ道として利用されている。ただ土手の上の道は車が行き交う自動車道になっているので、鴨川の河原に下りて、周囲の風景を楽しみながら散策されることをお勧めしたい。
▲加茂街道▲