滑り石越え
(六の五)



 大石太夫閑居の碑

 さらに進むと、肉太の文字が刻まれた石標が見えてくる。この碑の横の道を山手に入って行けば、岩屋寺に到着する。別名「大石寺」と呼ばれる曹洞宗の寺院で、創建年代は明らかではないが、荒廃していたのを、幕末の嘉永年間に再興された。大石内蔵助が住んでいたのは、この寺の境内と伝えられている。

   再興したのは、赤穂藩浅野内匠頭の縁戚にあたる当時の京都町奉行・浅野長祚(ながよし)で、寺には浅野内匠頭や四十七士の像をまつり、遺髪塚などもある。毎年12月14日の討ち入りの日、山科では義士祭が華やかに繰り広げられるが、寺ではこれに合わせてゆかりの遺品などが公開される。  




 道 標

 名神高速道路を越えると、真言宗山階派大本山勧修寺(かんしゅうじ)に着く。その門前に3本の道標が建っている。そのうちの1本は文化元年(1804)の建立。碑面には「北すぐふしみふじの森」の文字が、また反対側の面には「左 京道 すべり石越 大仏道」と刻まれている。元あった場所からは移転してしまっているが、「滑り石越え」の文字を刻む唯一の道標として貴重なもの。


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