「発動 京都の工芸」

形と装飾のドラマチックな融合、生成
 陶芸作家 柳原睦夫さん
 現代陶芸の有力作家で大阪芸術大教授の柳原睦夫さん(1934−)の過去最大規模の個展が、郷里・土佐の高知県立美術館で4月20日まで開かれている。45年の創作の軌跡をたどり、変遷を浮き彫りにする代表的な連作など約170点の出展。ふるさとでの集大成的な個展だが、ご当人は「回顧展という意識は全くない。ひとつの区切り、次のステップを探るチャンスと受け止めています」と前向きに語る。

 高知の医者の家に生まれ、京都美大(現・芸大)で陶芸を専攻したのも紆余(うよ)曲折あってのこと。最初から陶芸を志していたわけでなく、むしろ焼きものの世界の因習とは無縁だったことが、何の束縛もなく創作できる自由を保障した。

 展示は大学の卒業制作「貌」などの初期作から始まり、最新の取り組みである「縄文式・弥生型壷」の連作までをたどる。その展開と変遷は、ときに毒のあるユーモアや文明批評精神を潜ませた派手でまがまがしい釉彩も織り込んで振幅は大きい。一貫するのは形と装飾の絡みと融合の問題意識、そこから生まれる焼きものの内部空間の探究である。

 初期作品に見られるのは彫刻家・辻晉堂の陶彫など彫刻性からの発想に基づく造形だ。そうした視線がピーター・ボーコスら米国の抽象表現主義的な造形へ関心を向かわせた。66年にワシントン大学講師とし招聘(へい)されて以来、つごう3度に及んだアメリカ滞在は現代美術の動向や日米の陶芸を見つめ直す機会にもなった。

 69年の「鉄釉金彩花瓶」から始まる金や銀のラスター釉の作品や「カリフォルニアンシャワー」、「空の記憶」のシリーズなど70、80年代の作品は、柳原睦夫の個性を現代陶芸の地平に際だたせた連作。形と形を接合して構成する須恵器の造形性を再認識する一方、金ぴかの彩飾にエコノミック・アニマルと揶揄(やゆ)された当時の日本への批判精神をこめたり、雷雨の雲や稲光の表現に琳派の装飾性を取り込んだり、空の連作にはポップアート的な要素を共鳴させてもいる。

 この時期の変遷ぶりに潜むのは、恩師・富本憲吉が使うのを避けていたというスター釉をあえて使用したことでもわかる、この作家の土佐のいごっそう精神であり、「模様から模様をつくらず」を信条に常に芸術の自己革新を続けた富本に対するオマージュでもある。

 自分の好みやめざすところ押し進めていく変革精神は、古田織部への崇敬にもつながり、焼き物のもつ本来的な器性への確信となって、90年代以降の「オリベ笑口瓶」などの連作となり、器としての形態や彩飾が自由に追求される。さらに最新シリーズの「縄文式弥生型」になると、日本の一万年余に及ぶ陶芸の歴史をもふまえつつ、「壺中天」という言葉に象徴される焼きものの内部空間の宇宙的な精神や文化性をも意識しながらの、形と装飾のドラマが生命感を帯びて展開する。

 「私は創作のブーメラン現象と言っているんですが、できるだけ遠く飛んで戻ってきたい」と話す柳原さん。アメリカ滞在や日本の陶磁史文化の時空への遙かな飛しょうを織り込んで、新しい焼きものを追求してきた姿勢が実感できる。

 写真(右)=「正統的に新しい焼き物をめざしていることをようやく認識してもらえるようになりました」と話す柳原睦夫さん

 写真(左)=最近作の「縄文式・弥生形壺」(2000〜2001)など

 

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